伯耆町議会 2022-12-06 令和 4年12月第 6回定例会(第1日12月 6日)
その後、明治14年に現在地に校舎を新築移転しまして、講堂は大正12年にその当時二部にありました日野郡役所が根雨に移転した際、その建物の木材などを使用して講堂が建築されました。その後も、地域の方々の協力により、校舎周辺の土地も学校田やスキー場などなどの活用に長きにわたり地域の方々に提供していただきました。
その後、明治14年に現在地に校舎を新築移転しまして、講堂は大正12年にその当時二部にありました日野郡役所が根雨に移転した際、その建物の木材などを使用して講堂が建築されました。その後も、地域の方々の協力により、校舎周辺の土地も学校田やスキー場などなどの活用に長きにわたり地域の方々に提供していただきました。
この旧美歎水源地水道施設は、大正時代に創設された近代水道施設で、本市の貴重な近代化遺産であります。平成19年の国の重要文化財指定以降、建造物の修理などの整備を行い、平成30年より一般公開しているところであります。現在では毎年1万人以上の来訪者があり、春の桜の季節や秋の近代化遺産一斉公開の際にはイベントを実施するなど、文化財の活用として、鳥取城跡、仁風閣と並ぶ重要なものと位置づけております。
明治、大正、昭和の郷土の鳥取はどうであったか。若い人には古い郷土を知ってもらいたいし、古い人には懐かしい昔を思い出してほしい。かつての郷土の姿を写真でと、多くの市民の善意で、『写真でつづる市民の暮らし』がようやく出来上がったと。いずれも当時の住民の生活を多面的に捉え、興味や感慨が深い。皆様にいい本を作ってくれたと喜んでいただけると確信すると書いてあります。
大正7年の千代川の氾濫、大洪水から100年余、ようやく新たなステージを迎えようとしています。市長も御尽力いただいてきたわけですが、この際に100年の歴史を刻んだ国安堤外民有地問題について、市長の思いをお聞きしたいと思います。 次です。 本市の第11次鳥取市総合計画は、いつまでも暮らしたい、誰もが暮らしたくなる鳥取市を掲げています。
議案第46号は、民営化に伴い、鳥取市立大正保育園を廃止するため、関係する条例の一部を改正するものです。 議案第47号は、国民健康保険法施行令の一部改正に伴い、未就学児の被保険者均等割額の減額について規定するほか、所要の整備を行うため、関係する条例の一部を改正するものです。 議案第48号は、鳥取市住宅新築資金等貸付金の起債の償還が終了するため、関係する条例を廃止するものです。
この条例の改正理由として、民営化に伴い、鳥取市大正保育園を廃止するためとありますけれども、この指定管理期間を1年残して大正保育園を民営化するに至った経緯をお聞きします。 次、付議案19ページと20ページです。議案第47号鳥取市国民健康保険条例の一部改正について。条例改正の目的の1つに、未就学児の被保険者均等割額の軽減を行うためとあります。
……………………………………………………………… 316~317 議長(議案第5号~議案第22号、議案第40号~議案第61号、議案第64号~議案第79号、報 告第2号及び報告第3号一括上程、質疑に入る) ……………………………………………………… 317 伊藤幾子議員(~質疑~鳥取市放課後児童健全育成事業の設備及び運営に関する基準を定 める条例の一部改正の内容について、指定管理期間を1年残して大正保育園
本市の代表的な農産物でありますらっきょうは、大正初期より、農業利用には不向きと考えられておりました砂丘地の開拓・栽培が始まり、生産量日本一の特産品として育ちました。また、梨も、明治後期に導入されて以来100年以上、台風や大雪など鳥取の厳しい自然環境下で栽培技術を培い、多くの先人の努力の下に産地化につながったものであります。
本市で発明された千歯こきは、江戸時代から大正期にかけて盛んに生産され、倉吉千歯の銘で、北は北海道から南は九州まで全国に広まった脱穀用の農具で、1973年発行の倉吉市史には、千歯の発明は日本の農作業史上、特筆すべきこと、倉吉特産として全国の市場を独占したことは驚くべきこととの記述がございます。
本市では、大正時代の度重なる千代川の氾濫や、多くの方が犠牲になられました昭和18年の鳥取大地震、昭和27年の鳥取大火など、幾多の大災害の困難を乗り越え、発展を遂げてきた歴史があります。特に鳥取大地震を教訓として9月10日を鳥取市防災の日に定め、例年、総合防災訓練を実施するなど、市民の皆様とともに防災意識を高めてきたところであります。
○11番(藤井隆弘君) 彫刻の部分については、これを示されて、本当にいいものがたくさんあるということを改めて感じているわけですけれども、ただ、私、ひとつ、ちょっと紹介しておきたいものがありまして、大正、昭和期の児童文学作家で詩人でもあります、高城小学校の校歌の補作、それとか、関金小学校の前身である矢送小学校というところがあったんですけれども、こちらの校歌を作詞されました山下清三さんという方がおられるんですけれども
◯前田伸一議員 私は、鳥取市内の複数の指定緊急避難場所、先ほども御紹介がありました、大正体育館だったですかね、大正地区の公共施設、こうしたところと同様の条件で、2階以上の垂直避難が可能な避難施設、こうしたところに私は公設卸売市場も位置づけるべきではないかというふうに考えますけれども、この公設卸売市場の指定緊急避難場所の指定の見通しについてお尋ねいたします。
由谷は、大正13年5月の総選挙に憲政会公認で出馬し、衆議院議員となり、悲願であった千代川改修に着手させました。千代川改修起工式を特集した大正15年11月3日付の鳥取新報は、由谷の献身的な努力が若槻や加藤を動かし、千代川の改修という国家的事業を推進したと称賛しています。本市は1967年、昭和42年に名誉市民を設けましたが、由谷義治はその年に初の名誉市民の称号を贈られたお1人です。
令和3年1月5日に大正町2丁目地内で職員が公用車を後退させようとした際、相手方の車両に接触したため、これに関する損害賠償の額の決定について、2月2日に専決処分を行ったものです。 次に、議案第2号 令和2年度倉吉市一般会計補正予算(第10号)についてであります。
泰山タイルを御紹介すると、池田泰山が大正15年、京都東九条で始めた製作所です。日本を代表する近代建築にこのタイルは多く用いられています。フランク・ロイド・ライト設計の帝国ホテルや遠藤新設計の旧甲子園ホテル、現武庫川女子大学甲子園会館、ヴォーリズ設計の心斎橋大丸、木村得三郎設計、京都先斗町歌舞練場などに使用されています。色彩豊かなタイルとして称賛されています。
本市には、登録文化財となっている植田正治生家をはじめ、江戸、明治、大正時代の民家が多く残存し、建設から50年を経過した建造物で価値が評価されたものは文化財として登録できます。このような建造物に着目し、所有者の意向を調査した上で文化財登録を目指し、文化教育の題材として活用してはどうでしょうか。また、まちの中に文化財が点在していることにより、観光のルートとして活用もできます。
1923年の大正12年の関東大震災の後、鉄筋コンクリートの建造物が普及され、日本の伝統工法を衰退させることになりました。しかし、軸組を用いた伝統工法は、地震国である我が国の特徴をよく考慮しており、日本の伝統技術が自然災害に打ちかち、長もちすることは、1,000年前に建てられた法隆寺をはじめとした木造建造物が示しています。
例えば、1918年、大正7年からのいわゆるスペイン風邪、インフルエンザですね。これは我が国でも28万人が亡くなったという具合に厚労省の資料にはあります。それから2000年初頭のいわゆるSARSですね。これは日本では発症しませんでした。そのときに日本はアジアに医療団を派遣して大きな成果を上げたという具合に、厚生労働省の書き物の中にはあります。
本市におきまして鳥取砂丘といいますと、大正から戦前までは砂丘西側の浜坂砂丘が一般的でありまして、その眺望が古くから多くの文化人を魅了し、多くの歌碑がその足跡を今日に伝えているところであります。その後、昭和40年代には砂丘東側を含む砂丘全体が本県を代表する観光地となりまして、ピーク時の昭和47年には年間228万人の入り込みが記録されております。